医局日記

【雑学ネタ】~オンラインゲームと感染症モデル~

Corrupted Blood(汚れた血)事件(Wikipedia)
GigaZine 世界一プレイヤーが多いMMORPGで流行した「死の伝染病」からパンデミックに対処するヒントを得られる可能性 2020年03月17日

Amazonより画像)

World Of Warcraftという世界最大規模のオンラインゲーム内で起きた事件。
オンラインゲーム、MMORPGというジャンルに明るい人であれば聞いたことがあるかもしれない。
が、海外のゲームなので知らない人の方が多いと思う(私もやったことはない)。
ひとまず事件の全容を、分かりやすく解説。


概要

バグ(というかゲームの設計ミス)により、
・本来広がる筈のない病気(呪いの魔法)がゲーム内の世界で大流行
・パンデミック状態となり、多くのプレイヤーキャラクターが死亡
・ゲーム運営者、プレイヤー達が感染拡大を防ごうと試みたが、感染を拡大させてしまうプレイヤーも居た
・一連の現象が「現実世界の感染流行時、人々はどのように行動するか」というモデルケースとして、疫学者の注目を集めた

というもの。


背景

MMORPGとは、インターネットに接続し、多数(何百人~何千人)のプレイヤー達が一緒のゲーム世界を体験するジャンル。自分の分身となるゲームキャラクターを操作し、一人での冒険は勿論、誰かと友達になって一緒に冒険も出来る。強敵に一緒に立ち向かったり、人間プレイヤー同士での戦いも。手に入れたアイテムやお金で他のプレイヤーと取引したり、頑張ればゲーム内で生計を立てて過ごすことも出来たり。
一人用のRPGゲームでは体験できない、ゲーム内で「生活」が楽しめる、自由度の高さが魅力的だ。
そしてゲームを盛り上げるため、運営会社は時々「イベント」を開催する。期間限定で挑める洞窟には宝物がいっぱい。期間限定で現れる強力な魔物を倒すことが出来れば貴重なアイテムがゲットできる。こうしたイベントを利用しながら、またはイベントに流されない生活基盤を整えながら、プレイヤー達は仮想現実での冒険生活を楽しむわけだ。

当時、このゲームは200万人以上のプレイヤーがいた。
そして事件は、とあるイベントで発生した。


事件発生

2005年9月13日、ゲーム内に新たなダンジョン、新たなボスキャラが用意された。
このボスは「プレイヤーに”一定時間ジワジワとダメージを与える呪い”を与える」という強敵だ。しかもこの呪い、「近くのプレイヤーにも伝染する」という効果があった。
ちなみにダンジョンを抜けたら呪いは解かれる、という場所限定での仕掛け。あくまでイベントを盛り上げるちょっとした工夫
…のハズだったのだが、何と特定の条件を満たすと「ダンジョンから脱出しても感染力が保たれる」という、設計者が意図していなかった事態が発生。


パンデミック

ダンジョン外へと放たれた呪いは、瞬く間に拡大。体力ある古参プレイヤーキャラは耐えられるものの、ゲームを始めたばかりの弱いキャラクター達は次々と倒れていった。感染流行地域から脱出するも、町から町へと感染は拡大する一方で、逃げ道は無い。いよいよ感染拡大は制御不可能となっていく。
ゲーム運営が対策に乗り出すも結局、2005年10月8日まで4週間近くにわたって混乱が続いた。


人々の反応

この混乱のなか、人々の反応は様々なものであった。
・弱いプレイヤーを助けるため、避難誘導するプレイヤー
・治療者として、感染した人々に治癒魔法をかけ続けるプレイヤー
・好奇心からあえて危険地帯へ向かって感染を広めてしまうプレイヤー
・混乱を楽しんで意図的に感染を広めまくるプレイヤー
・惨事を語り「終末の預言者」を演じるプレイヤー

など。


研究モデルとして…

ゲーム内の出来事でありながらも、この事件は複数の研究者が関心を寄せた。詳しくはWikipediaを参照。
こうしたオンラインゲームでの人々の行動は、現実世界の感染症のモデルケース、シミュレーションとして利用できそうだ、というもの。


The untapped potential of virtual game worlds to shed light on real world epidemics
Eric T Lofgren, BA Prof Nina H Fefferman, PhD
Published:September, 2007 DOI:https://doi.org/10.1016/S1473-3099(07)70212-8

(論文のうちの一つ。全文無料で読めます。)

ゲームの世界の出来事なのに大袈裟だなぁ…と侮るなかれ。
現実世界においてパンデミックというのは大抵、起きて大惨事になってから研究せざるを得ないことが多い。
例え仮想世界での出来事であっても、多くの人が実際どのような行動に移ったか?それがどんな結果をもたらしたか?というデータには、どうすれば感染拡大を防げるのか?という貴重な疫学研究資料としての価値があるのです。


まとめ

データは研究室の中だけで生まれるものとは限らない、というネタとして紹介しました。
2007年時に得られていた知見が、現在の疫学にどこまで活かされたかどうか、専門外の私としては何とも言えない。ただ、こうした「多くの人々が集まったとき」に生じる現象というものは、いかにコンピューターやAI技術が発達しても決して再現できるものではない。人間とは指示された通り、期待された通りに動くとは限らないからだ。合理的・利己的な行動に走る人も居れば、非合理的・利他的に振る舞う人も居る。それを事前に予測することは不可能だが…その結果がもたらしたものは貴重な資料となる。
資料としての価値を知り、研究に役立てる。それが科学、研究の世界なのだ。

…いかん、本当は1月13日の日記の続きとしてAIとか機械学習とかについてまとめるつもりだったのだが、全く違う内容になってしまった。けどまぁ、最新技術の長所を学ぶだけでなく、その限界について知っておくことも大事な勉強なのです。

と、無理やり結論付けて本日は終了。以上。