医局日記

【書籍紹介】~誤作動する脳~


医学書院 誤作動する脳 樋口 直美
ISBN:978-4-260-04206-2

Naomi Higuchi Official web site

樋口 直美
プロフィール
2013年に50歳でレビー小体型認知症と診断された。41歳でうつ病と誤って診断され、治療で悪化していた6年間があった。多様な脳機能障害の他、幻覚、嗅覚障害、自律神経症状などもあるが思考力は保たれ、主に執筆活動を続けている。2015年『私の脳で起こったこと』をブックマン社から上梓。日本医学ジャーナリスト協会賞 書籍部門 優秀賞受賞。


レビー小体型認知症と診断された樋口氏の実体験が書かれた本。幻視、幻臭、幻聴をはじめ、感覚、認識、記憶の変化という、経験した人にしか分からないことが具体的、詳細に描写されています。我々は普段全く意識していない、当たり前のように感じていること、行動していること、それらが如何に脳の複雑な機能に支えられているか。その脳が「誤作動」を生じたとき、何が起こるのか。

当たり前が当たり前でなくなってしまう恐怖、家族に心配をかけたくない、異常者と見られてしまう不安。樋口さんの言う通り、精神疾患に対する社会的な理解は広がりつつあるとは言え、病気についての情報が、患者の家族、介護者の視点に偏っている…というのは鋭い指摘と思います。

こうした変化も脳の誤作動として受け入れ、苦手となったところは工夫して補えば良い、と捉えて前向きに生活していく。少子高齢化社会において、今後まさに「自分の脳機能が変化したとき、どうすれば良いのか」という考え方が求められると思います。家族、支援者、治療者ではなく、病気になった当事者である樋口さん自身から語られる内容だからこそ、とても説得力があります。


注意点としては、樋口さんも「最初うつ病と誤診された」「典型的ではないと言われた」と記しているように、典型的なレビー小体型認知症とも言えない可能性がある。認知症とはこんな病気なのか…という捉え方で読むよりも、様々な精神疾患・高次脳機能障害全般で起こり得ること、と捉えて読んだ方が良いかもしれない。なので個人的には「認知症患者の本」という形で紹介したくない。「誰にでも起こり得ること」が書かれた本、だと思っています。

医療従事者である私自身も、いつかは日常が変化し、それまでの生活が立ち行かなくなる日が来るだろう。その時、自身の変化を自覚できるだろうか。脳の誤作動として変化を受容できるだろうか。分からない。けれど、それを体験し発信してくれた樋口さんの本を読むことで、少し自信をわけて貰えた気がする。


以上。