医局日記

【感染症】~梅毒による精神症状~

第112回医師国家試験の問題および正答について

112-A58(正答率65%)

56 歳の男性。か月前から物忘れが目立ち始め、2か月前から怒りっぽくなったため心配した家人に連れられて受診した。意識は清明。身長 172 cm、体重 56kg。体温 36.2 ℃。脈拍 68/分、整。Mini-Mental State Examination(MMSE)は 13点(30 点満点)で、検査中に数回にわたって「もうやめろ」という発言があった。瞳孔径は両側1mm対光反射は消失、輻湊反射は保たれており、Argyll Robertson瞳孔を呈している。その他の脳神経に異常を認めない。筋力低下はない。腱反射は四肢で亢進し、Babinski 徴候は両側陽性。感覚系と小脳系とに異常を認めない。髄膜刺激症候は陰性。血液所見と血液生化学所見とに異常を認めない。脳脊髄液所見:初圧 270 mmH2O(基準 70〜170)、細胞数 58/mm3 (基準0〜2)(単核球 100%)、蛋白 210 mg/dL(基準 15〜45)、糖 72 mg/dL(同時血糖 118 mg/dL)。

脳脊髄液の検査項目で追加すべきなのはどれか。

a タウ蛋白
b TPHA 反応
c β-D-グルカン
d JC ウイルス抗体
e オリゴクローナルバンド

解答・解説はこちらのサイトで。→medu4 112A58





梅毒トレポネーマ(Wikipedia)

梅毒は精神症状をきたすことがある感染症である。上記の通り、つい最近の医師国家試験に出題された。抗生物質(ペニシリン)が普及した現代では精神症状の出現前に治療されることが殆どであり、精神科を受診して初めて診断されるケースは稀となっている。…が、それ故に診断・治療を経験した精神科医が殆ど居なくなっている模様。かくいう私も、一度も経験が無い。
勉強しましょう。


MSDマニュアルプロフェッショナル版 梅毒(最終査読/改訂年月 2016年 1月)
※注:皮膚病変の写真あり、閲覧時は心の準備を。

梅毒(Syphilis)は,スピロヘータの一種である梅毒トレポネーマ(Treponema pallidum)によって引き起こされる疾患。粘膜または皮膚を介して侵入する。一度感染しても再感染に対して免疫がつくことはない。梅毒は第1期,第2期,および第3期の3段階で発生し,各病期の間には長い潜伏期がある。臨床症候は実に多彩で,現在ほとんどの先進国で進行期の症例は比較的まれであるため,梅毒が見落とされることがある。


第1期

3~4週間の潜伏期に続いて,第1期病変(下疳:げかん)が接種部位に発生する。これは通常固い基底部を伴う無痛性潰瘍である。ほとんど症状がないため,感染女性の約半分,および感染男性の3分の1は下疳に気づかない。下疳は,通常3~12週間で治癒する。その後,患者は完全に健康に見える。(しかし治ったわけではなく、潜伏しているだけ。)


第2期

下疳が出現した6~12週間後。スピロヘータは血流を介して拡散し,広範囲粘膜皮膚病変リンパ節腫脹が生じるほか,頻度は低いが他の臓器にも症状が生じる。80%以上の患者で皮膚粘膜病変がみられ,種々の発疹および病変が出現する。無治療の場合,病変は数日から数週間で消失するか,数カ月持続するか,治癒後に再発するが,いずれも最終的には治癒し,通常は瘢痕を残さない。(もちろん、まだ治ってない。ずっと潜伏している…)


第3期

未治療者の約3分の1が、初回感染から何年,何十年後に発症。良性第3期梅毒,心血管梅毒,または神経梅毒に分類される。

良性第3期梅毒
感染後3~10年以内に発症。皮膚,,および内臓侵す。軟性の破壊的な炎症性腫瘤。典型的に限局性であるが,臓器または組織にびまん性に浸潤することもある。緩徐に拡大し,徐々に治癒して瘢痕を残す

心血管梅毒
感染後10~25年に発症。瘤による上行大動脈の拡大,大動脈弁機能不全,または冠動脈の狭小化として発現する。症状としては,金属音咳嗽,気管圧迫による呼吸閉塞,左喉頭神経の圧迫に起因する声帯麻痺による嗄声,胸骨および肋骨または椎骨の有痛性浸食などがある。

神経梅毒
①無症候性神経梅毒

軽度の髄膜炎。これは当初潜伏梅毒と診断された患者の約15%,第2期梅毒の患者の25~40%,心血管梅毒患者の12%,良性第3期梅毒患者の5%にみられる。無治療の場合,5%は症候性の神経梅毒に発展する。

②髄膜血管型神経梅毒
感染の5~10年後に発症。脳または脊髄の動脈の炎症によるもの。その臨床像は無症状から脳卒中まで様々である。初期症状としては,頭痛,項部硬直,めまい,異常行動集中力低下記憶障害,倦怠感,不眠症,霧視などがある。

実質型神経梅毒(進行麻痺,または麻痺性認知症)
感染の15~20年後に発症(なので基本的に40代または50代以上となる)。慢性髄膜脳炎が皮質実質を破壊するもの。行動症状が進行性に悪化し,ときに何らかの精神障害や認知症に類似する。易刺激性集中困難記憶力低下判断力低下,頭痛,不眠症,疲労,および嗜眠がよくみられる。患者は情緒不安定となり,抑うつ状態になり,病識の欠如を伴う誇大妄想がみられることがある。

④脊髄癆(歩行性運動失調)
感染の20~30年後に発症。後索および後根神経根の緩徐な進行性変性をきたす。最初に発生する最も特徴的な症状は,不規則に再発する背部および下肢の激しく刺すような(稲妻様の)疼痛である。歩行失調,知覚過敏,および錯感覚は,発泡ゴムの上を歩いているような感覚を生じさせる。膀胱知覚の消失により,尿の貯留,失禁,および反復性感染症を来す。勃起障害がよくみられる。
脊髄癆患者の大多数がやせていて,特徴的な悲しげな顔貌およびArgyll Robertson(アーガイル ロバートソン)瞳孔(近見視では調節が起こるが,光には反応しない瞳孔)を有する。疼痛発作が様々な臓器で起こり,胃(嘔吐を引き起こす)が最も多いが,直腸,膀胱,および喉頭でもみられる。

神経疾患治療マニュアル Argyll Robertson瞳孔 2013.11.25
外側膝状体に行く途中で分岐するE-W(Edinger-Westphal)核に向かう神経の障害により、縮瞳、対光反射消失をきたす状態です。一方で、輻輳は外側膝状体から視覚中枢まで到達したのちE-W核へ行く経路によるため障害されません。
「縮瞳、直接および間接対光反応の欠如、迅速な輻湊反応(近見反応は正常)、両側性」の4つが特徴的。
原因としては神経梅毒が有名ですが、神経障害をきたす他の疾患でも見られることはある。(多発性硬化症、糖尿病、脳腫瘍、帯状疱疹など)



21.Argyll Pobertson Pupil(Youtube)


検査・治療

スクリーニング(とりあえず念のため検査)としては血清学的検査、つまり血液検査。細かい検査項目の違いについては冒頭の解説サイトを参照ください。佐賀大学病院の場合、梅毒トレポネーマ赤血球凝集反応法(TPHA)が行われることが多いと思います。明らかに疑わしい場合には国家試験に出た通り、髄液検査まで実施します。
治療については抗菌薬であるペニシリン一択。投与量、投与方法などは各病期、症状をきたした臓器などによって異なってきます。


まとめ

何はともあれ、精神科医としては「見逃さないこと」が最重要!受診した患者さんが「認知症?にしては若過ぎるような…」という場合、お話を聞くだけでなく、しっかり身体診察しましょう。も診ましょう。瞳孔にも注目!ペンライト、ちゃんと準備しておきましょう。そして忘れず血液検査を行いましょう。



ペニシリン療法により精神症状が改善した進行麻痺の1例(全文無料公開)
日本老年医学会雑誌 1994 年 31 巻 10 号 p. 811-814

↑貴重な症例報告。しかもこの症例では瞳孔を含め身体診察に異常を認めず、純粋に精神症状のみであった
精神科医の皆さん、ぜひ一読を。


以上。