【医療倫理】~同意能力について~
臨床精神医学 第47巻第1号 特集/精神科診療・研究に役立つ実践的倫理
精神疾患患者の同意能力をめぐって (東京大学)瀧本 禎之 より
同意能力(competency)
同意能力の前提には判断能力(mental capacity)が存在する。
判断能力は「説明を理解し、自分の価値観に照らして、提案された医療を受けるか否か理性的に決定できる能力」と定義される。
判断能力は精神心理学的な意味。
同意能力は法的な意味。
ただし「判断能力がある=同意能力がある」とは限らないため注意。
(代表的な例としては未成年者。)
判断能力
4つの能力から構成される。
・意向の表明(expressing)
自らの意向を他者に伝える能力。口頭でなくても伝わればOK。
・情報理解(understanding)
与えられた情報を理解できているか否か。医療の場合は情報が多く複雑なため、ある程度の「短期記憶」能力が必須。
・情報認識(appreciation)
情報の重要性(状態、選択肢について)を認識し、自らに関連づける能力。
例えば「あなたは重度の糖尿病で、既に足の壊疽が生じてます!切断しないと命にかかわります!」と説明されても、「糖尿病で足が腐ることは知ってるけど、私の場合はただの汚れです」と主張する場合。理解した情報を自らに関連づけ出来ていない。
別の例では「手術しなければ助かりませんが、それでも成功率は10%です」と説明されて、「私は特別な存在だから100%成功します!お願いします!」と手術を希望した場合。これも認識が障害されている。
・論理的思考(reasoning)
例えば重症のうつ病患者が「死にたいから治療は受けない」と言い医療保護入院となったが、電気けいれん療法の説明を受けて「頭に電気を流されたら死んでしまう!嫌です」と断った場合。死にたいから治療拒否→治療を受けたら死ぬから拒否、は矛盾している。論理的思考ができていない、と判断される。
判断能力の評価方法
TCF(Two-part Consent Form)
CIS(Competency Interview Schedule)
MacCAT-T(MacArthur Competence Assessment Toot-Treatment)
SICI-ATRI(Structured Interview for Competency and Incompetency Assessment Testing and Ranking Inventory)
の4つが紹介されていました。MacCAT-Tが最もメジャーみたい。
判断能力の喪失
全般的無能力と特定的無能力に分けられる。
全般的無能力
高度な認知症、知的障害、せん妄状態など、理解力が全体的に低下した状態。
特定的無能力
特定の判断能力が障害されているが、ほかの事柄に関しては判断能力を有している状態。例えば「虫歯の治療」については理解できても大手術など複雑な内容だと理解できなかったり、「毒を入れられる!」との妄想で点滴のみ頑なに拒否する場合など。
精神疾患患者においては、こうした特定無能力が発生しやすいと考えられるため注意が必要である。
判断能力評価のポイント
重要なポイントは3つ。
・判断能力が怪しい場合、「障害されていることを証明」する必要がある。
それまでは「判断能力がある」とみなすべき。
・判断能力の有無は「0か100か」で考えず、スケール(●●%、●割)で考える。
治療の内容を理解することができなくても、「どんな生活を送りたいか」といった価値観を表明することは可能かも。最大限、患者の価値観を意思決定に取り入れるべし。
・判断能力の有無は「相対的に決まる」。たとえば小児が「化学療法の必要性」について意思決定するのは困難でも「血液検査させてね」には応じてくれたり。治療内容、拒絶(リスクの理解)か、同意(メリットの理解)か、によって必要な判断能力は異なってくる。
判断能力を喪失していたら…
最善の利益(Best Interest)= 医学的な利益 + 患者固有の価値観に関する利益
患者固有の価値観に関する利益とは、たとえば「自分の健康よりも家族が大事。家族に負担をかけたくない」など。
ただし精神疾患の場合、症状のため「病的な価値観」となってしまうことがある。それを尊重するわけにはいかないので、逆に患者の同意なく強制的に医療を与えることが、患者さんを守る、社会的な責任。
以下、補足資料など
学会発表資料 > 2019年6月30日発表資料 のページにMacCAT-T日本語版が紹介されています。
医療・介護分野における意思決定について 2019年11月10日(pdf形式)
質問の具体例あり、とても分かりやすく纏まっています。
精神科医療における事前指示(Psychiatric Advenced Direcitve)
自分が有効な意思表示ができなくなった場合を想定し、あらかじめその際の医療等について要望をまとめておくものを事前指示AD(advance directive)といいます。これを精神科医療においても作成、利用しようというのが精神科事前指示PAD(psychiatric advance directives)です。ただ、日本では未だ法的制度にはなっていない。
上記サイトにて、本人の気持ちや希望を確認をする”覚えがき”ツールとして「LIME(Letter of Intent for Mental Health Emergency)(pdf形式)」が紹介されています。
患者さん向けに作られているので、とっても丁寧。
総合病院精神医学/26 巻 (2014) 4 号
精神疾患患者における身体的治療の同意についての問題提起 ─特徴的な4症例を通して─
pdfデータ。無料で読めます。
「 症例 A:妄想に支配され手術に同意が得られなかった症例」「 症例 B:妄想に支配された言動はあったが手術の同意が得られた症例」「 症例 C:妄想に支配され化学療法の同意が得られなかった症例」「 症例 D:うつ病の治療後に化学療法の同意が得られた症例」4つの症例報告。
これも是非読んで欲しい。著者の先生たち、悩みに悩んでの決断だったんだろうな…
まとめ
論文をさっくり紹介するつもりが、私自身の勉強不足を痛感。色々資料を漁った結果、やや長い記事になってしまった。恐縮です。
そもそも人の意思決定、同意能力…簡単に判断できるわけがない。だが、きちんとポイントを整理して検討すれば、答えに近づくことは出来るハズ。表明・理解・認識・論理、の4つのポイントに注意し、0か100かで考えず、どんな時でも「患者固有の価値観」を大切にするよう、心掛けていきましょう。
以上。