医局日記

【精神医学】~精神科の”入院形態”~


メンタルドクターSidow 精神科の闇 第一弾! 精神科に入院すると退院出来ない!?

タイトル画像のインパクトが凄いですが、中身は極めて真面目。正しいデータに基づいた解説となっています。

ポイントとしては

・精神科の平均入院日数は約10か月と、確かに長い。
・一部の長期入院の患者さんが、こうした平均数値を引き上げていることが背景。
・「退院しようにもできない」事情が積み重なっているケースが多く、”社会的入院”と呼ばれる。病院だけの問題ではなく、家庭・社会全体の問題である。
・社会的入院、長期入院は好ましくないため、早期退院への取り組みが進んでいる。事実、平均入院日数は毎年短くなっていっている。
・長期入院を避けるためにも、早めの受診、早めの治療をおすすめします。

こんなところ。

で、本題。
9月7日の日記で、さらりと「精神科の入院形態にはいろいろある」と書きましたが、それぞれの入院形態についてちゃんと解説したことがなかった私。どっかで解説したつもりになってた、失敬。今回まとめます。主に学生さん・研修医さん向けに。


法律

「いきなり法律の話?堅苦しいなぁ」と感じるかもしれませんが、精神科医療は時に人権侵害と紙一重となりかねないもの。こうした”法律のもとで厳密に運用される”必要がある。根拠となる法律の名前は必ず知っておきましょう。国家試験にも出る。



病院経営 虎の巻 虎の巻その3 「病院」の分類 2020/5/29 より

医療法

【病院】や【診療所】などは医療法の規定により定義されています。

「病院」と呼ばれる医療機関は6種類に分類されています。一定の機能を有する病院(特定機能病院、地域医療支援病院、臨床研究中核病院)については、人員配置基準、構造設備基準、管理者の責務など、一般の病院とは異なる要件を定め、名称独占が認められています。

① 一般病院
② 特定機能病院 (高度の医療の提供等)
③ 地域医療支援病院(地域医療を担うかかりつけ医、かかりつけ歯科医の支援等)
④ 臨床研究中核病院(臨床研究の実施の中核的な役割を担う病院)
⑤ 精神科病院(精神病床のみを有する病院)
⑥ 結核病院(結核病床のみを有する病院)

続いて、病床(ベッド数)の分類について。現在の日本では5つに分類されています。 対象とする患者(精神病患者、結核患者)の相違に着目して、一部の病床については、人員配置基準、構造設備基準の面で、取扱いを別にしています。

① 精神病床
② 感染症病床
③ 結核病床
④ 療養病床
⑤ 一般病床


さて精神科の場合、更にもう一つの法律のもとで治療を提供することになります。


精神保健福祉法(正式名称:精神保健及び精神障害者福祉に関する法律)

厚生労働省 みんなのメンタルヘルス総合サイト 精神保健福祉法について より

精神保健福祉法は、総則、精神保健福祉センター、地方精神保健福祉審議会及び精神医療審査会、精神保健指定医、登録研修機関、精神科病院及び精神科救急医療体制、医療及び保護、保健及び福祉、精神障害者社会復帰促進センター、雑則並びに罰則の9章から構成されています。

この法律によって精神科の”入院形態”が定められています。

※(なお上記サイトの一番下に精神保健福祉法の全文へのリンクがあります。…が、実際の運用においては法律の条文を把握するだけでは不十分。専門家を目指す方は”法律の解釈”について書かれた本を準備しておくべし。)


中央法規 精神保健福祉法詳解
ISBN 978-4-8058-5293-4


入院形態の種類

学生さんは第〇〇条までは覚えなくて大丈夫です。


任意入院(第21条)

読んで字のごとく。患者さん本人の同意による入院。第20条において「本人の同意に基づいて入院が行われるように努めなければならない」と書かれており、できる限りこの入院形態とすることが望ましい。「退院の申出があつた場合においては、その者を退院させなければならない」とあり、退院も基本的には自由。
ただし「入院を継続する必要があると認めたときは、72時間を限り、その者を退院させないことができる」と、明らかに症状が悪く退院させると危ない場合は例外です。

医療保護入院(第33条)

任意入院以外は全て非自発入院、つまり強制的な入院形態です。「指定医による診察の結果、精神障害者であり、かつ、医療及び保護のため入院の必要がある者であつて当該精神障害のために第二十条の規定による入院(任意入院)が行われる状態にないと判定され」「家族等のうちいずれかの者の同意があるとき」本人の同意がなくてもその者を入院させることができる」。
注意点として”家族”であれば誰でも良い…というわけではありません。未成年者、患者さんとの間で裁判中、そもそも連絡が繋がらない人、などは同意者にはなれません。

応急入院(第33条の7)

医療保護入院と似た状況で、かつ「急速を要し、その家族等の同意を得ることができない場合」「直ちに入院させなければその者の医療及び保護を図る上で著しく支障がある」場合の入院。
具体例として「『なんかヤバそうな人が居ます』との通報で警察官が駆け付けたところ、明らかに精神疾患っぽいが、本人の名前も家族がどこに居るかも全く分からない。かと言って放置するわけにもいかない…とりあえず病院に連れてきました」というケース。
注意点として「72時間限り」の入院であること。入院後、直ちに身元の調査をすすめ、同意者となる家族への連絡を行い、入院継続or退院の判断を急ぐ必要があります。

措置入院(第29条)

キーワードは”自傷他害のおそれ”。切迫した事態での入院形態です。「二人以上の指定医の診察を経て」「入院させなければその精神障害のために自身を傷つけ又は他人に害を及ぼすおそれがある」という条件下、「都道府県知事による」入院。家族が「うちの問題なので関わらないで!入院させないで!」と反対しても却下。それほど厳しい。
退院においても「指定医による診察の結果又は次条の規定による診察の結果」「自身を傷つけ又は他人に害を及ぼすおそれがないと認められる」という条件を満たした上で許可されます。

緊急措置入院(第29条の2)

最も切迫した入院形態。措置入院の条件に加えて「急速を要し、直ちに入院させなければ自身を傷つけ又は他人を害するおそれが”著しい”と認めた」場合に、指定医1人の診察でも成立します。(2人目の先生を招集する余裕すら無い状況。)
注意点として「72時間を超えることができない」。入院後、直ちに2人目の指定医が診察し、措置入院へと切り替えるのが一般的と思われます。それ以外の入院形態(任意、医療保護)に切り替えは稀と思われます。何しろ上記、非常に切迫した状況なので…


”指定医”とは何者ぞ

「精神疾患をもつ患者さんを強制的に入院させる権限・資格を持っている精神科医」です。
詳しくは別の機会に解説します。


なんで”72時間”なの?

「緊急事態ではなくなった、状況が改善した」という判断は結構難しく、ズルズル長引いて判断保留となりかねない。なので時間制限があるのです。
24時間じゃダメなの?
…と考えたあなたは、バスも電車も1日1本、土日は0本という田舎民の気持ちを想像せよ。
法律が作られた時代、72時間は猶予が無いと本当に困る状況だったのでしょう。たぶん。


まとめ

以上の5つの入院形態、精神科だけでなく医療従事者として必須の知識。国家試験でも必ず出題される。学生さん勉強がんばって下さい。
若手精神科医の皆様においては、更に厳密に法律の条項、運用、解釈まで更に踏み込んで勉強しましょう。


補足

…実は上記5つ以外にも、更に特殊な形態があります。
精神保健福祉法ではなく、医療観察法という法律によるものです。

この入院形態は司法領域と密接に関わっており、また別の機会に解説させていただきます。


以上。